跡地BLOG

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Free Train と 私



 ゲームの概要、詳細はこちらのwikiに大まかな記述があります。





 このゲームはいわゆる「鉄道経営シミュレーション」であり、鉄道大好きな方ご用達のソフト「A列車でいこう」シリーズのクローンであるのですが、私自身は何を隠そう鉄オタの「テ」の字も名乗るほどの資格もございません。

 なにしろ、このゲームを始めるに当たって、改めて近隣の鉄道路線を見直し、初めて「国内において鉄道路線は自動車と同じく左側通行である」という事に気付いたほどです。

 そんな「ニワカ」な私が、このゲームにハマった理由について、FTとの出会いとあわせていくつかご紹介していきます。





 幼い頃、私は親に買い与えられた「トミカ」「プラレール」ホビーの大ファンでありました。

 引越しし、子供部屋としては格段に広い10畳というプライベートスペースを与えられた私は、足の踏み場も無いほどのレイアウトをそこに築くのが毎日の日課でした。

 あまりにも広げすぎて片付けられなくなり、数年単位でレイアウトが広げっぱなしになっていた事もありました。そして、さすがに飽きてきたら「模様替え」。

 (余談ですが、元々潔癖なまでに清潔好きだった両親は、私のこの生まれついたダメさ加減に半ば気を病んでしまい、ついには私に片付けを強要しなくなりました。)

 私のトミカプラレール熱はさらに加速し、ノートにレイアウトの設計図を描いたり、トミカシリーズで圧倒的に足りなかった住宅などのストラクチャーは紙で自作。

 さらに、私がある程度大きくなってからは流石に両親が買い与えてくれなくなったため、特撮モノや家族との外出先で目にしたジオラマなどを参考に、足りないパーツはひたすら自作しました。

 とはいえ、その熱意も思春期に差し掛かる頃には変化が現れてきます。

 同世代の友人を部屋に呼んだとき、ガキのオモチャが部屋いっぱいに広がっているという光景について、無頓着な私も幼いながらに恥ずかしがるようになったのです。

 こうして、私の第一次箱庭ブームは終わりました。紙で作った自作パーツはゴミ箱に、製品は箱に戻され、今も実家のクローゼットで眠っています。





 さて、自分の周りの興味が「オモチャ」から「ゲーム」に移行するような年代になると、その時代の煽りを受けて私もゲームに勤しむようになりました。

 とはいえ、相変わらず親からは多くを買い与えてもらえず、コロコロと移ろう流行のゲームには手が出ず、友人宅での最新ゲームのプレイを、指をくわえて見ているだけの日々でした。

 しかし、既にプレイステーションが世を席巻していた当時、我が家にはもはや型落ちとなったSNESが現役で動いていました。これは、ゲームを卒業した親戚からソフトごと譲り受けたものでした。

 その中にあったのが、「A列車でいこうⅢ スーパーバージョン」、通称「A3SV」でした。

 マリオやストリートファイターなどの人気ソフトを差し置いて、私がそのソフトに価値を見出したのは、まさしく第一次箱庭ブームの残り香によるものでした。

 しかも、ゲーム内ならば片付けをする必要もないし、(ゲーム内でのお金さえあれば)いくらでもパーツが追加できる、という事が何よりの魅力でした。

 学校で話題になる事も無ければ、ネットが身近にある現代と違ってプレイした事を誰かに自慢できるものでもないにもかかわらず、私はA3にのめりこみました。

 最初はもちろん躓きました。攻略本もあったとはいえ、如何せん漢字も満足に読めなければ億という単位すら理解出来ない一介の小学生には、敷居の高すぎるゲームだったのは確かでした。

 それでも試行錯誤を繰り返し、少しずつコツコツと進めていきました。
 
 小さな環状線で初めて(裏コマンド無しで・笑)黒字経営になったときは、感激しました。そして、さらなる街の発展に熱を上げていきます。

 「ゲームは一日一時間」という親の教育政策で、ゲームのプレイそのものを制約されていたせいで、却って非プレイ時もゲームの事しか妄想できなくなりました。

 例に漏れず、ノートにレイアウトを描いて都市計画を練り始めました。

 それに留まらず現実においてもイタイ発言が漏れ出し、社会科の授業で農家の暮らしについて取り上げられた時「第一次産業、第一次産業は保護…」と呟き始めるまでに。

 そして。





 それから十年以上が経ちました。

 時代の波に乗る事を端から諦めていた私は、高性能なゲーム機を手に入れることなく、たまにSNESを立ち上げては時代遅れのゲームで遊ぶ日々を送りました。

 A3に関しては、慢性的にプレイしすぎたせいでもはや極みの極地に至り、自動発展で建設される子会社の位置を割り出し先回りして土地を買収する事で、好きな場所に好きな子会社を(他社に)建てさせる…というまでになりました。

 ゲーム上では目に見えない駅レベルを自在に操作し、ダイヤグラムも完全に無駄を排し、秒単位で増えていく億単位の収支に一人でニヤニヤしていました。

 しかし、それは長く続きませんでした。いつのまにか、私はゲームをゲームとして極めてしまったために、感動を与えてくれる未知を自ら排除してしまっていたのです。

 現実でもそうですが、どうすれば儲かるか?どうすれば効率よく出来るか?という合理的思考を突き詰めていくと、感情が排斥され、時にクリエイターとしての思考停止に至ってしまうのです。

 その証拠に、複数作った街はどれも似たような形で、そこにゲームプレイとしての合理性はあれど、創作性やおもしろみはかけらも無いものでした。

 それに比べて、トミカやプラレールで遊んでいた時の刺激、感動、新しい発見、試行錯誤という箱庭本来の楽しみは、なんと輝かしいものだったか、と。

 同時に、A3というゲームそのものの限界が、私のクリエイティビティを阻害している原因である事も分かってきました。

 子会社が自他社合わせて87、車両も自動車含め16両、それなりに転がるようにするとなると、どうしても効率重視で似たような選択になりがちなのです。

 長かった私の第二次箱庭ブームは、こうして終焉を迎えました。





 私は、自己の箱庭魂を満足させるに値する、次の舞台を模索することにしました。

 すぐに、上位互換であるA列車シリーズの最新作が筆頭に上がりました。が、初代プレステすら手元に無い私にとって、今更それらに手を出す勇気はありませんでした。

 同じような理由で、膨大なスペースと制作費のかかる本物のジオラマや、それらを仮想空間で次元出来る代わりに私のオンボロマシンではろくに動かない市販PCソフトも論外となりました。

 可能な限り、初期投資の少なく、かつ現状に沿った環境でプレイできる何か。

 そして、結局A3とかなり雰囲気が似ていつつ、かつ自由度もある程度上がっているように思われ、かつ比較的安価なPC版A4が候補に挙がりました。

 しかしここまできて、なおも私の貧乏根性が制動をかけてきます。

 優柔不断な私は自らの購入意欲を後押しすべく、事前に口コミの評価を得た上で、正式に購入するかどうかを検討する事にしました。

 そこで、A4のプレイ動画を観るべく、ようつべで検索をかけて…



 そして、私はそれに出会いました。








 無料!




 今使っているパソコンでプレイ可能!





 しかもプラグインで自己拡張も可能!








 ここまで自分の欲しかった要素が揃っているのですから、これはもうやるしかありますまい。据え膳食わねばなんとやら、普段は信仰心もないくせに、その出会いを神に感謝したほどです。

 こういったフリーゲームは初めてではなかったのですが(XOPSとか)、プレイ人口が少ない故に情報も限られていたので、寝る間も惜しんでPCと格闘し、半ば無理やり導入を完了しました。

 初めは、資金に関わらず、制限もなく建物や線路を引いてマップを作れる事にただただ感動しました。

 これは事前に調べていたA4のマップコンストラクション以上なのでは?

 そして、出来上がった街に電車を走らせてみました。

 鉄道の知識は当時全く無かったので、A3時代にお世話になった211系を単線の環状線に出来る限りぶち込んで、動かしました。

 感動しました。A3ではあれほどカクカクしていたクウォータービューで、こんなにもなめらかに、かわいらしく電車が走り回っている。

 かつて、足の踏み場も無いほど広がった自室レイアウトの真ん中でそうなったように、思わず笑いが漏れました。





 しかし、食事と睡眠も忘れ、半ば栄養失調に陥るまでハマり倒し、ちょっと飽きてきたかな、という時に、私の心にいつもの火が灯りました。


「物足りなくね?」


 そこで、ネットを巡回してプラグインを収集。

 しかし、それでもやはり、欲しいものがありません。

 そして目を覚ます我がクリエイティビティ!


「無ければ作ればよくね?」


 こうして、XMLのエの字も知らず、ドット打ちなどした事もない私と、プラグインとの戦いの日々が幕を開けました。

 またもや栄養失調に陥るまでに至り、しかもエラーを吐かれまくって精神的にもノイローゼに。単位もいくつか落としました。

 心身ともにグロッキーになりつつ、それでも己の創作意欲と若干の若さにただ身を任せ、ひたすら作り続けました。そして。



 で、できた。



 A3のものをモデルにした、ただの小さなレストランでしたが、ようやく正常にそれがゲーム内で描画されました。

 多くの偉大な先人方が作ってきたプラグインと同画面に、自分の作ったプラグインが並んでいる光景に、打ち震えました。ようやくここまできた、と。

 色を変えたり、方向をくるくると回転させたり。そして夜には灯りがつきます。ニヤニヤが止まりませんでした。

 マップに大量のレストランを建設し、夜中に一人で悦に入っておりました。

 それからはもう、次から次へとアイデアが湧き、ゲームそのもののプレイ時間より制作時間の方が多くなりました。

 マップも、いちいち新しく作ったプラグインを建て替えるので、一向に進みません。「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」の格言の如く、己の力のみで不足を埋めていきました。

 最初はほぼ丸写しだったXML構文も、勉強していくうちにやがて自分の好きなものを選べるようになりました。

 エラーを吐かれては.xmlを.txtに直し…その繰り返しを乗り越えて、出来なかった事が出来るようになっていく充足感は、たまらないものがありました。

 建物を作るに当たって、現実での内部構造を調べたり、グーグルマップで調べたり、実際に街でロケハンしてみたり、そうやって吸収したものが、自らの手で形になっていく。

 私にとっては、絵や音楽と同等、いやそれ以上に創作意欲を刺激され、ただ与えられたゲームをプレイするだけでは味わえない快感を味わうまでに至りました。

 当初の「A3の代わりになればいいや」という願いとはかけ離れた魅力が、FTには隠されていたのです。そして、私はそれにのめり込んでしまいました。

 来るべくして訪れた、第三次箱庭ブーム。これは、私の脳ミソが枯れ果てるまで、しばらくは続く事でしょう。





 端から見たら、ただパソコンに向かっているだけの不健康で退屈な作業の連続なのかもしれません。

 そして、その熱意を、他の勉強だったりスポーツだったり、或いは恋愛だったり、そういったものに向けることこそが「有意義な青春」だ、と仰られる方もいます。

 プラグインを作ることで時間を失うことはあっても、金銭であったり社会的信用であったり、そう言った(一般人が言うところの)価値あるものは何一つ手に入らないのですから。

 ですが、金を稼ぐだけに終始して詰まらないものにしてしまったあのA3のような生き方を、私は繰り返したくないのです。億単位で金を稼ぐ事より、僅か1ボクセルで得られる喜びの大きさといったら、語るに尽くせません。

 そして、私のこの第三次箱庭ブームは、幼い頃からの願いを全て自己の力で体現できるまたとない機会であり、それは紛れもない青春であると私は思います。

 私の独り善がりな青春は、まだ終わってはいないのです。













 あ、でも、やっぱ単位落としたのはマズったね。

 高校時代に打ち立てた赤点王の異名は伊達じゃないぜ!

 ……orz

 
  1. 2011/05/29(日) 04:39:37|
  2. Free Train
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

freetrainのプラグイン

Freetrainのプラグインの配布は再開されないんでしょうか?
久しぶりに遊びたくなったので。
  1. URL |
  2. 2014/04/04(金) 11:34:30 |
  3. sato #-
  4. [ 編集 ]

 お返事が大変遅くなってしまい、ごめんなさい。

 プラグインの公開を再開しましたので、もし良ければまた遊んでみてくださいね。
  1. URL |
  2. 2014/11/25(火) 23:14:07 |
  3. 鉄路糸 #-
  4. [ 編集 ]

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